2011年度 日本言語政策学会関西地区大会のお知らせ

2011年度 日本言語政策学会 関西地区大会

日時:6月26日(日)

場所:桃山学院大学聖ヨハネホール

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プログラム

10:30 開会

副会長挨拶:杉谷眞佐子(関西大学)

総合司会:橋内 武

 

研究発表

1. 「対外文化政策としての日本語教育とユニラテラリズム」平畑奈美(滋賀大学国際センター)

2. 「CEFRの中国と台湾における教育文化への適用についての考察」程遠巍 (京都大学大学院)

司会:友沢昭江(桃山学院大学)

 

13:00

講演(フランス語,通訳あり)

ロラン・ガジョ(ジュネーブ大学,日本学術振興会外国人短期招聘研究者)

「多言語主義,その社会的課題と教育的リソース」

司会・通訳:西山教行(京都大学)

 

14:00

シンポジウム

「多言語主義,多言語教育を問う:スイスからの問いかけ,日本からの発信」

パネラー:テーヤ・オストハイダ(関西学院大学),塚原信行(京都大学),小森宏美(早稲田大学),松田陽子(兵庫県立大学),司会:橋内 武(桃山学院大学)

 

閉会

17:30

懇親会(参加費5000円,参加希望者は6月15日までに橋内先生までメールで申し込み下さい) 橋内 武(桃山学院大学)thashi@andrew.ac.jp

 

講演要旨

多言語主義,その社会的課題と教育上のリソース

ロラン・ガジョ(ジュネーヴ大学)

どのような社会も,程度の差こそあれ,言語的多様性の特徴を持っている。このような多様性には,公用語,国語,地域語,国際語,継承語,少数語,移民の言語,さまざまな方言,ある社会に固有の言語やその他の専門的言語が含まれる。言語学者はこのような多様性をある程度客観的に記述しようとするが,その極めて主観的な次元を十分に考慮に入れる必要がある。たとえば,ある言語の名称でさえ社会政治的問題のあらわれなのだ。ソビエト支配下のモルダビアでルーマニア語は「モルドバ語」と呼ばれ,キリル文字で書かれていたことがその好例である。ある国や地域の伝統に応じて,またその住民の多言語状態の程度に応じて,多様性のとらえ方は変わる。いずれの場合でも,多様性のとらえ方は言語政策の課題である。それは国家の制度レベルでの活動としてあらわされることもあり,その一つが学校である。教育の次元で見るならば,これは多様化という考え方を承認することであり,そこでは言語の多様性が活用され,育まれるのではないにしても,少なくとも承認される必要がある。

言語問題を多言語主義の角度から考えることは,立場の変更を求めるもので,これはヨーロッパで多言語教育学と呼ばれているものの発展に結びつく。本講演では,言語政策一般に関わる多様性と,教育政策に関する多様化の概念を提示し,多言語教育学がどのような点において個人の複言語主義の承認と発展のために最適の戦略となるかを考えたい。

 

 

研究発表要旨

対外文化政策としての日本語教育とユニラテラリズム

平畑奈美(滋賀大学国際センター)

外務省は,海外における日本語教育が重要な理由として,それが「日本に対する理解を深めたり,イメージを向上させたり」1でき,ひいては日本の安全面・経済面の利益につながるものだからだとしている。そうした目的を持つ,対外文化政策,いわゆるパブリック・ディプロマシ-政策としての日本語教育は(独)国際交流基金が推進しているが,その国際交流基金は2010年に,日本語を維持・発展させていくことは世界的人類の文化的維持・発展に寄与するものであるとした上で,海外における日本語教育について,従来の「支援」という姿勢を,より積極的な「推進」へと転換させるという一文2を理事長名で公開,これと並行して国際交流基金は同年,ヨーロッパ共通言語参照枠に倣い,「JF日本語教育スタンダード2010」を,「相互理解のための日本語」という理念のもとに発表した。しかし,海外において日本が日本語教育を「推進」し,日本語教育のスタンダードを主体的に定めることが,真に世界的人類の文化的維持・発展と相互理解に貢献するものであるかは,慎重に論を進めるべきである。宮崎(2006)は,日本語教育において日本の事象を至上のものとする考え方をユニラテラリズム(単独行動主義)と呼んで批判した。これは田中(1989)の言う「宗主国家語イデオロギー」とも共通した概念であり,日本語を母語(公用語)として使用する国が日本一国しかないという事情を抱える日本語の教育において,顕在化しやすい問題である。

本発表ではまず,このような対外文化政策としての日本語教育の問題を検討し,続いて,その問題の発露する海外の現場で活動する日本語教師をめぐる葛藤を掘り下げる。具体的には,世界26カ国・地域の主要教育機関で働く母語話者/非母語話者日本語教師に,日本から着任してくる母語話者日本語教師に求める点について尋ねたところ,技術的な資質も重要とされたが,人間性,とりわけ,日本の方式を上位に位置づけず,現地の教育方針を尊重する協調性への要望が,特に途上国と呼ばれる地域において強く出されたということを論じる。つまり,日本から訪れた母語話者日本語教師のユニラテラリズムが,「相互理解のための日本語」の実現の障害になっているケースがあるということであり,日本が自国の利益を求めつつ,世界への貢献をも謳うのであれば,ユニラテラリズムを脱し,個人レベルでの相互理解・相互交流を海外の日本語教育の現場で深めて行くことのできる日本語教師の養成ないし資質向上にも取り組むべきであるというのが,本発表の結論である。

 

1 http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol43/index.html(2011.4.18)

2 http://www.jpf.go.jp/j/about/survey/bp/pdf/rep_101130jk.pdf(2011.4.18)

田中克彦(1989)『国家語をこえて』筑摩書房

宮崎里司(2006)「日本語教育とユニラテラリズム(単独行動主義)-言語教育政策からの一考察-」『早稲田大学日本語教育研究』8号,1-11

 

 

CEFRの中国と台湾における教育文化への適用についての考察

程 遠巍 (京都大学大学院)

1.はじめに

本稿は,CEFRが中国と台湾においてどのように適用されているかについて考察し,その共通点や相違点を明らかにしようとするものである。

台湾と中国においてシラバスの作成や検定試験などの言語教育への活用は見られるが,CEFRの「民主的な市民を育てる」という理念の提唱や適用,またそれを実現するために打ち出されている「複言語・複文化主義」という目標への実現の動きは見られない。これは,教育文化の相違によってCEFRがヨーロッパ以外の地域での適用には限界がみられることを示唆している。

2.中国と台湾における外国語教育スタンダードと外国語検定試験

中国の中等教育の外国語科目では『課程標準』の制定において,大学の外国語科目では『課程要求』の制定においてCEFRを参考にし,それまでの暗記教育からの脱皮を目指し,学習者の実践能力と自主的な学習能力など総合的な言語運用能力を育成する資質教育への転換を図るものとなっている。

台湾では,『教育部推動英語能力檢定測驗處理原則』が公表され,教育部に所属する公務機関や学校では,英語能力検定試験を推進する際,政府相関法令の規定のほかにCEFRをも参照すべきであると明記され,行政院人事行政局によってCEFRを政府の公務機関における昇進の人事評価での外国語能力の評価基準として採用している。また,台湾においてもっとも広く認知され,受験者の最も多い言語テストである「全民英語能力檢定測驗」では,2006年と2007年にCEFRへの関連づけ作業が行われた。

3.中国と台湾における中国語検定試験

中国の「汉语水平考试」(HSK)は,中国政府教育部(日本の文部科学省に相当)の認定する中国語の語学検定試験である。そのHSKは2010年にリニューアルし,CEFRのレベル分けを参考に,1〜6級と変更し,コミュニケーション能力の測定を第一の目的とする試験に生まれ変わった。

台湾においては「華語文能力測驗」(TOP)のリニューアル版では,従来の3つのレベルをCEFRのB1,B2およびC1に対応するように変更している。さらに,地域語である台湾語の「台語能力檢定」をCEFRの能力基準に基づいて作成し,2009年に初めて実施された。このようなCEFRを地域語の検定試験の作成に活用するような動きは中国においてはまだ見られない。

4.おわりに

中国と台湾における外国語教育スタンダードや検定試験へのCEFRの応用面では,従来の言語知識の獲得からコミュニケーション機能を中心とする異文化理解の理念や認識の段階にとどまり,一国で行う複数の外国語教育を促進するための指針として応用されているに過ぎない。

CEFRは,中国と台湾の言語教育にみられるような異文化理解の理念とは異なり,個人や自国および地域のアイデンティティを尊重しながら,さらにヨーロッパ共通の「ヨーロッパ市民としてのアイデンティティ」を育てることを理念としていて,さらに上位の「複言語・複文化主義」という立場をとる。したがって,すでに異文化理解という枠を超えていると言えよう。

英語においては,アジア共通のスタンダードの設立の動きはすでにみられるが,英語以外においても,中国や台湾など東アジア共通の外国語スタンダードの開発や確立は将来的に実現できるのではないかと思われる。それに,ますます東アジア域内での人材交流が盛んになると予想される以上,実現にはかなりの時間を有するかもしれないが,ヨーロッパのような「複言語・複文化主義」というアイディアは,当然のことながら一つの目標として期待されなければならないであろう。

 

 

 

 

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