会長挨拶

皆様

本学会は、言語政策及び関連分野の理論と実践に関する研究を行い、その分野の発展に寄与することを目的として、2002年11月に設立されました。この学会の特徴を説明するために設立経緯を少し示したいと思います。1998年、桜美林大学教授田中慎也氏(当時)が発起人となり学会設立の準備が行われます。同じ桜美林大学で教鞭をとっていたJ.V.ネウストプニー氏が設立趣旨(別掲)をよせ、鈴木孝夫氏を顧問として迎え、学会の設立準備が整ってきます。1999年に作成された設立趣意書(案)のなかで、田中氏は、「言語研究は言語の構造・機能の体系化や、社会言語学的諸事実の記述等に関心が集中し、言語を政治・経済・文化(他者観や言語観などを含む)といった広い視野から研究する土壌が十分に育っているとは思われません。そのような学際的な研究の内で最も立ち遅れているのが言語政策ではないかと思われます」と書いています。続いて言語政策がかかわるテーマの一例として、国語教育、外国語教育、日本語教育といった言語教育、言語権、少数者の言語などをあげ、「高度な学問研究を志向すると共に、政府や自治体、関係諸団体に言語政策について積極的に提言する行動的研究活動を行っていきたい」と抱負を語っています。この行動的研究活動、課題解決型研究の方向性は、初代会長の水谷修氏が、当時の若手研究者によく語られたことでもあります。水谷氏の学会に対する思いは、学会誌第一号のまえがきに書かれていますので、ぜひご覧いただきたいと思います。

それから20年余りが経過しました。国際化、グローバル化、多言語・多文化などの表現は、今日なお重要な標語となっています。教育分野においては、小学校での英語教育が開始される一方で、大学における第二外国語教育は衰退といえる状況です。自動翻訳の技術は目覚ましい進歩を遂げ、外国語能力に代わりアプリを活用できる能力が求められるようになるのではと思うほどです。政策や技術が展開していく一方で、この数か月をとっても、アイヌの人々に対する理解のない放送、コロナ禍でのオリンピック関係者の行動制限に対して配慮に欠けたエレベーター表示ミス、大学共通試験における英語民間試験活用の扱いなど言語政策に関するニュースが報じられています。また、新型コロナ感染症に関する施策の中で多くの外来語が使用されわかりにくいという指摘もありました。その一方で、主なコミュニケーション手段を手話とするカフェ店舗が開業しているのは、素晴らしいことだと思います。今は外国人の入国が抑えられていますが、いずれ特定技能などの資格で言語文化の背景が異なる人々とともに生活していく必要が、国内でも広がることでしょう。言語政策に関連する領域の研究と実践的活動はますます求められてくるものと考えます。

課題解決型の研究は現場と向かい合い「今」の社会に関与していきます。同時に政策提言は、10年後20年後の社会の形に関与していきます。その基本にあるのは皆さんの活動です。会長として皆さんのお力添えできればと思っております。

日本言語政策学会 会長 山川和彦