2021年度学会賞「優秀論文賞」講評

 ピアース氏の研究論文は、小学校外国語教育に関する政策文書の矛盾を指摘した上で、外国語指導助手(以下、「ALT」)の多様な言語・文化的背景の実態を示し、インタビュー調査によって複言語能力をもつALTの経験と教育的信念を明らかにした。

 文部科学省による学習指導要領やその解説では、一方で言語・文化の多様性を教えることの重要性が述べられるものの他方で英語を重視する記述がなされ、同時にALT がネイティブでモノリンガルな英語話者として表象されてもいる。しかし、ピアース氏によるアンケート調査によれば、実際には多くのALTが英語と日本語に加え、複数の言語能力を有していることが判明している。本論文で、ピアース氏は複言語能力を持つ8 名のALT にインタビュー調査を行った。その結果、政策の影響で学級担任が主導的になり、ALTには授業計画や教科書にそった教育が求められるようになっていること、ALTの中には自ら意識的に英語以外の言語を導入する者もいるが、学級担任の意向や教科書の内容、時間的余裕によって規定されていること、文化については課外活動で取り上げていること、ALTは日本の単一文化性を問題視しており、言語習得や教育目標に関する多様な信念をもつこと、などを見出した。そして、学級担任の情報源となる政策文書や教科書、教員研修において、ALTのもつ豊富な言語・文化的資源の実態に十分に言及することで、その資源を活用し言語・文化的多様性を重視する外国語教育を実現するよう提案を行った。

 本論文は、言語政策と現実との乖離を可視化し、外国語教育政策、特に複言語教育を志向する観点から、現在の小学校外国語教育におけるALT システムの問題点を明らかにしたものであり、将来的な政策提言への論拠になりうる。分析手順も手堅く、半構造化インタビュー、計量テクスト分析を用い、明瞭な考察結果を導き出している。さらに本論文の問題提起は、小学校のALTに限らず、中学校や高校などの外国人教師にも通じるものであり、今後の研究の広がりにも寄与しうる。ALTの政策史に関しては、政策者側、特に現場を統括する地方自治体の教育委員会の批判的考察もなされるべきだが、先の理由により、日本言語政策学会・優秀論文賞に値する研究成果として高く評価した。ますますの研究の進展に期待したい。

(2022年3月16日 JALP学会賞選考委員会)

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